2019年10月15日 更新

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夏の怪談コンテスト応募作品NO36_「ユシロ様」

ぱどにゃんこ夏のキャンペーン 最恐「実話怪談コンテスト」応募作品を一挙ご紹介!

 

投稿者:【吉祥毬夏】

『ユシロ様』

 新宿から電車で30分程行くと心霊スポットとして有名なS団地がある。高度経済成長期には賑やかだったそこも、すっかり寂れてしまって廃墟も同然だ。

 都内の企業にOLとして勤務するA子さんは、小学生のときにその団地を訪れたことがある。仲の良い友達が、そこに住む祖母を訪ねる際にA子さんを誘ったのだ。気心の知れた友達との遠出とあって、最初はA子さんもはしゃいでいたという。

 ところがどうしたはずみか、ふたりは団地ではぐれてしまった。
 友達を探しながら団地のあちこちを彷徨っているとき、A子さんは自分を呼ぶ声を聞いた気がした。友達の声ではない。それはドアの開いた一室から聞こえてきていた。

 見ると、部屋の中だというのに社のようなものが建っていて、声はその社の中からA子さんを呼んでいた。

 

(逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ)

 

 そう思うものの、A子さんは何かに絡め取られたようになって全く動けなかった。

 

 ちりん……。

 

 どこかで小さく鈴が鳴り、次の瞬間呪縛が解けた。

 A子さんは必死で階段を駆け下り、どこをどう走ったのか、気がつくと友達に抱き締められて大泣きしていた。何があったのと訊かれても答えることが出来なかった。口にした途端にあの場所に引き戻される気がして、A子さんは黙って泣くばかりだった。 

成長するにつれ、仲がいいと思っていた友達ともすっかり疎遠になってしまったが、たまたま仕事の関係で再会する機会があった。カフェでお茶をしながら昔話に花を咲かすうちに、自然とあの団地での出来事の話になった。

「あれは私も怖かった」

 友達が言うには、A子さんは抱き締められたまま震えながら、繰り返し「ユシロ様が迎えに来る」と呟いていたそうだ。

「……ユシロ様?」

 A子さんにはまったく覚えがなかった。
 ユシロ様ってなに?と思うのと同時に、A子さんは肝心な部分を覚えていない自分がにわかにあやふやな存在に思えてきた。目の前の友達が遠のいて行くような感覚に捉われ、もしかしたら自分はあの日のあの場所にまだいるんじゃないかと思ってA子さんは身震いした。

 

 ちりん……。

 

 どこかで鈴が鳴り、我に返るとA子さんは冷房の効いたカフェで身体中汗びっしょりになって呆然としていた。

「どうしたの?」
 驚いて問いかける旧友の声が聞こえ、手が伸ばされる。
 A子さんは縋りつくようにそれを握り締め、あの日のように泣き出した。
 彼女の手はこんなに冷たかっただろうかと思いながら。

 

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